■ 金融翻訳事情 ■
先月号に引き続き、金融・経済翻訳の分野で第一人者のひとりであるクレディ スイスファースト ボストン証券会社の北原保久氏に、特別企画第3弾としてお話をうかがいます。
― 今回は最終回として、翻訳力向上のための取り組みについてアドバイスをいただきたいと思います。昨年12月号では、北原さんが翻訳者になられたきっかけをうかがいましたが、当初は商社で営業を担当されていたそうですね。一般に、金融の実務経験がない場合でも、金融分野の翻訳者になれるのでしょうか。
「金融機関に勤めていたから金融翻訳ができるというのは間違いです。金融機関での実務経験はプラスになりますが、金融翻訳の『いろは』から始める必要がありますからね。『自分が金融機関にいた時はこうだった…』という姿勢は翻訳の上達にマイナスでもあります。反対に、金融分野の経験がない人は不安でしょうが、心配は無用といいたいですね。前提条件としては、しっかりと基本的なポイントを、良い指導者から教えてもらい、素直に吸収することです。金融機関での経験がなくても、じゅうぶん金融翻訳者への道は開けていますよ。実際、私が知っている優秀な翻訳者達の過去を見ても、金融機関にいた人ばかりではなく、むしろ全く違う畑にいた人の方が多いです。つまり、バックグランドでなく、努力と姿勢しだいですね」
― 長期にわたり翻訳を学習しているにもかかわらず、翻訳会社のトライアルに落ちてしまったり、思うように仕事を受注できなかったりと、壁を感じている人も多いと思いますが。
「人によって理由は様々でしょうが、勉強したつもりでいても、実は『ポイントを押さえていない』ことが主な原因でしょう。これは、残念ながら誰かに指摘されないとわからないことが多いので、良い指導者についてもう一回、勉強し直すことです。そうすると、壁はしだいに低くなり、ついには無くなると思います」
― せっかく努力していても、ポイントを押さえていないため、効率のよくない努力をしているということですね。では、独学では難しいですか。
「可能ですが、上達するまでに時間がかかってしまいます。これもやはり『ポイント』を指導してもらう方が有益でしょう。そして、教えられたことを素直に全部吸収するのです。せっかく指導者についても自分のやり方を踏襲する人は、なかなか上達しません」
― 良い指導者はどうやって探せばよいですか。
「私の持論ですが、良い指導者の見極め方としていくつかのポイントがあります。まずは、その人自身が良い文章を書けるかどうかです。そして、添削などの形で的確な指摘ができること、勉強の仕方を教えられること、金融・経済翻訳の業界をよく知っていることです」
― 今日からでも読者が実行できる勉強の仕方を教えていただけないでしょうか。
「まずは、日経新聞を素材に勉強するとよいでしょう。記事を見て『入り方はどういう文章か』と注目したり、『なるほど』と思う良い表現をお手本にしたりするのです。わからない言葉があった場合には、国語辞典や経済辞書で意味を調べて自分のノートに書き留めてみることも必要ですね。これらの作業を通じて、『良い文章を盗む』のです。また、日経新聞だけでなくテレビの報道番組を見ることで、世界の動きを常に頭に入れておくことも重要ですね。金融・経済分野は常に進化し新しい用語も出てきますから、勉強し続けなければなりません。優秀な翻訳者は、書店に行っては新しい本や辞書を買っています。まさに日々の努力の積み重ねですね」
― 金融翻訳では刻々と変化する世界のマーケット情報を扱うため、日々の取り組みが非常に重要ですね。読者の方には優秀な翻訳者を目指して、まずはできることから実行していただきたいと思います。3回にわたった特別企画のインタビューも今回が最終回です。色々と参考になるアドバイスを有難うございました。
<北原保久氏 略歴>
上智大学外国語学部卒業後、商社での輸出営業担当を経て、1987年に現在のクレディスイス ファースト ボストン証券会社に入社。現在は同社債券部門のプロダクション責任者として、エディター業務をこなしながら、SA (Supervisory Analyst)* として活躍中。債券ストラテジー、マクロ経済の翻訳を主体に、モーゲージ商品、クレジット・リサーチなど多くの分野の翻訳を手がけた実績に加え、翻訳学校において金融・経済翻訳の講師を務めた経験もある。
*調査レポートを米国の規制に合わせて精査・承認するアナリスト。