■ 金融翻訳事情 ■
前回12月号から引き続き、今月号も特別企画第2弾として、金融・経済翻訳の分野で第一人者のひとりであるクレディ スイス ファースト ボストン証券会社の北原保久氏にお話をうかがいます。
― 前回は金融翻訳の業界動向についてお話いただきましたが、今回は金融翻訳の外注需要についてお聞きします。翻訳業務が発生した場合、社内の翻訳者が担当する場合と、外部の翻訳会社・翻訳者に発注する場合があると思いますが、御社ではどちらの比重が高いですか。
「外注の比重が大きいです。私の聞く限り、他の大手の金融機関でもほとんど外注を中心にしているようですね」
― 業界全般として、10年前、5年前と比べて、翻訳を外注する傾向はどのように変化していますか。
「1990年代前半には各金融機関はほとんど社内で翻訳し、外注していなかったのではないでしょうか。外注しようにも金融分野の翻訳がまともにできる翻訳会社がなく、品質がとても使えるものではなかったからです。また、企業の方針も翻訳は社内でという時代でしたね。その後、外注の割合を大雑把に言うと、会社によって若干の違いはあっても大手の外資系金融機関全体として捉えた場合、大体1990年代後半で30~40%、2000年以降で90%以上、現在ではほぼ100%と変わってきたように思います。今後も、金融機関が翻訳を外注する傾向は続くでしょう」
― 外注が増えているはずなのに、フリーランスの翻訳者の中には以前より仕事が減ってしまった人もいるようですが。
「金融翻訳業界でも、勝ち組と負け組がはっきりしてきています。顧客の要望に応じられ、スピーディーかつ良い品質の翻訳に仕上げられる翻訳会社・翻訳者には仕事が集中しているはずです。当社では、5年前は今より発注先が分散していましたが、品質で満足できる外注先が少ないため、徐々に絞られ、現在では品質が高くしかも納期でも安心できる一部の翻訳会社・個人の翻訳者に集中して発注しています。おそらく他社も同じではないですか」
― すると、クオリティの高い翻訳者になることが今まで以上に求められるということですね。ただ、これから金融翻訳で独立しようとする翻訳者にとっては、ハードルが高くなっているという気がします。また、実績のある翻訳者にとっても、厳しい環境ですね。翻訳者は今後、どのように仕事を獲得していくべきでしょうか。
「一番手っ取り早いのは、金融・経済翻訳を取り扱っている翻訳会社に登録することでしょう。だいたい金融機関は、各社とも翻訳を外注するルートを決めているので、個人の翻訳者が直接アプローチするのは難しいと思います」
― 仮に、個人の翻訳者が金融機関の担当者を探してアプローチした場合はどうなりますか。
「私がその担当者だとすると、個人的な紹介があれば一応話を聞いてトライアルだけはするでしょう。ただし、飛び込みの営業であればあまり関心を示さないかもしれません。これには二つ理由があります。ひとつには既に発注ルートが確定していること。もうひとつには、今までに『高品質の翻訳』と売り込まれても、実際に翻訳を依頼するとほとんど合格点に達していなかった苦い経験があることです。つまり、過去の経験と確率から考えて、新たに翻訳者を探すことに時間を費やすのがもったいないのです」
― 金融翻訳では外注需要が目覚しく増えているものの、クオリティの高い翻訳会社・翻訳者に発注が集中している状況なのですね。次回は翻訳力向上のための取り組みについて、北原さんのご経験を交えながらアドバイスをお願い致します。今回もどうも有難うございました。
<北原保久氏 略歴>
上智大学外国語学部卒業後、商社での輸出営業担当を経て、1987年に現在のクレディスイス ファースト ボストン証券会社に入社。現在は同社債券部門のプロダクション責任者として、エディター業務をこなしながら、SA (Supervisory Analyst)* として活躍中。債券ストラテジー、マクロ経済の翻訳を主体に、モーゲージ商品、クレジット・リサーチなど多くの分野の翻訳を手がけた実績に加え、翻訳学校において金融・経済翻訳の講師を務めた経験もある。
*調査レポートを米国の規制に合わせて精査・承認するアナリスト。